こんにちは。
CASANOVA&COの野口です。
今日は、ちょっと番外編。
今から約1年前の話。
とある人物から1通のメールを受け取った。
その名は、”橋本岳幸”。
僕はドキッとした。
ドキッとした理由は2つある。
ひとつは、僕自身からもコンタクトを取ろうと思っていた人物だったから。
そしてもうひとつは、以前から憧れを抱いていた人物だったから。
受け取ったメールは心の高まりのままにすぐに開封したが、返信するまでには色々な意味で時間がかかった。
3週間ほど時間が空きメールを返信して、そこからお互いの都合を調整して横浜で会うことになった。

橋本さんは、シューメイカー。
その橋本さんが手掛ける”LEVER”というプロジェクトについて、ぜひ靴を見てみてほしいという内容のメールで、その内容の通りLEVERのレザーシューズを見せていただいた。
僕はその異様な佇まいに完全に圧倒されてしまったのですが、同時に橋本さんという人物にとても興味が湧いた。
世の中に既出の橋本さんの情報は全て頭に入っていたし、他に僕自身がお世話になった方からも橋本さんのパーソナルな部分を聞いていたからこそ、彼のキャリアと言葉の奥に何か重大な”紐解かなければいけないこと”を感じた。
そうじゃないとこの”異様さ”の答えは見つからない気がした。
いや、言い換えると、伝統や歴史に責任を持たなければいけない職人の世界の、ある種のサンクチュアリに近いものを感じたからこそ、僕が橋本さんの技術的な凄さに目を向けたとしても、その聖域の中に入り込んでLEVERを紐解くことはできないと悟った。
僕ができることは、その人の人格や感情の機微に敏感であること、そしてそこに寄り添ったり意見したりすることしかないと思っているから、それを通して”橋本岳幸という人物”と”英国の伝統を担うシューメイカー”としての人格に少しだけ迫りたいと思い、対話した。
その対話で聞いたこと、感じたことを書き留めていきます。

橋本さんは、高校を卒業してすぐに単身渡英する。
橋本さんの年齢から逆算するに、当時の日本国内のファッションカルチャーは裏原や古着ブームの最中。
僕は、そのような世間の風潮の中でイギリスという国を選んだということは、最初っから靴づくりの世界を志して渡英したのだとばかり思っていたけど、実は違った。
橋本さんの学生時代、同学年にヤンキーがいるわけではなかったが、学年のイケてるメンバーはイギリスカルチャーにどっぷりだったそう。
「俺はモッズだ!」「俺はテッズだ!」「俺はパンクだ!」みたいに、自分の属する芯を持った友人が多かったのだと言います。
現代的に言えばそれぞれのカルチャーを”レペゼン”してた。
ただ、橋本さんは、自ら何かに属して自身を特定のカルチャーに位置付けることはなかったそう。
それでも当時の流行だったOasisなどは聞いていたし、漠然としたイギリスカルチャーへの憧れはあったそうで、日本国内で当時の橋本さんの満足のいく進路に進めないと分かった時に、自分の進む先を決めるための渡英をご両親に直談判したのだそう。
そうして得た、イギリス留学の機会。
最初の2年間くらいは語学学校に通ったり写真の現像を勉強してみたりと、自分の進む道を探し求めながらも、フラフラしてたそう。
本人の言葉を借りると、”ご遊学”。笑
ただ、渡英から2年ほど経った時に、転機が訪れる。
製靴において世界的に名門とされるコードウェイナーズという学校の存在を知り、元々靴のつくり方への興味もあったことから、直感的に入学を決めた。
しかしこのコードウェイナーズは、厳密には橋本さんの入学の数年前にロンドン・カレッジ・オブ・ファッションに買収されており、教育カリキュラムもかつての名門と呼ばれた頃とは様変わりしてしまっていたそう。
靴づくりの技術や歴史を重んじるコードウェイナーズの姿勢は、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションの傘下ではマーケティングやデザインのプレゼンテーションなど、商業的な側面を強めたのだとか。
ロンドンに渡ってすぐに購入したレザーシューズに心を動かされ、それがどのようにつくられているのかという探究心に突き動かされて入学を決めた当時の橋本さんにとって、その環境は違和感があったそうで、卒業後は数人の仲間と工房を共にしながらまだ見ぬレザーシューズのつくり方を生み出すことに向き合い続ける日々が始まった。
靴の歴史や伝統といった”クラシック”を調べるという作業よりも、とにかく自分の感覚に向き合い、作り続ける。
つくり続け、つくり続け、そしてある時、橋本さん渾身の力作が完成した。
機械を一切使わずフルハンドで、メチャクチャに意味のわからないつくり方をした橋本さん我流のその力作。
ただ、改めてその渾身の力作を見返した時に、「これって製法的にはただのモカシンじゃね?」ということに気がついてしまう。
この経験から、橋本さんは悟った。
「手でつくる靴は、やれることの全てがすでにクラシックの世界で出尽くしてるのではないか」
そして、
「靴の進化はスニーカーでしか起こらない」
と。
こう感じた橋本さんの次の行動は明確だった。
自身のつくる革靴を深化させるためにはクラシックの世界を知らなければいけないと、現在も自身の師匠と仰ぐJason Amesbury氏に弟子入りすることとなる。
こうして、”英国ビスポークシューズ業界に身を置く橋本岳幸”が誕生した。

職人の人格という意味においてはイギリス生まれだと自覚する橋本さんは、Jason Amesbury氏の下で修行の日々を始めた。
前述の通り、橋本さんは”シューメイカー”。
1足のレザーシューズが完成するまでに、様々な工程を分業的に行う英国ビスポーク業界の中では、底付けを担当する職人を指す。
この分業は大まかに、last maker(木型職人)、pattern cutter(型紙職人)、clicker(裁断職人)、closer(縫製職人)、maker(底付け職人)といった形で細分化されている。
それぞれの工程をそれぞれの職人が担うことになるのですが、各工程の中には”制約”がある。
last maker(木型職人)は、求められたデザインをで美しい形で表現する際にお客様の足の形に合わせなければいけない制約、
pattern cutter(型紙職人)は、お客様が決めたデザインをlast makerが作った木型に合わせなければいけない制約、
clicker(裁断職人)は、決まった革から最適なポジションで裁断しなければいけない制約、
closer(縫製職人)は、決められた木型やデザインや仕様に対して最適な縫製を求められる制約、
そしてmaker(底付け職人)は、そのすべてが決められた後で、靴としての性能を担保しながら美しく仕上げなければならない。
このmakerを担うのが、橋本さんの役割。
このように聞いて、それぞれの職人は決められた指示や制約の中のみにおいて最高の技術を発揮することを求められるのだろうと、僕は感じた。
だが、実際はそうではないらしい。
大前提としてそのメゾンの趣向を守らなければいけないという点はもちろんあるのですが、制約の中にあっても自分自身の個性を表現することのできる”余白”はあるのだそう。
実際に、橋本さんの近しい職人さんが担当したものであれば、靴を見たら誰の底付けなのかが分かるのだとか。
それほどまでに、それぞれの工程において、それぞれの職人が自身の技術と思想のキャラクターを研ぎ澄ませて、1足1足に向き合う。
これが、橋本さんが”生まれ育った”英国ビスポークシューズの世界。
そんな英国ビスポーク業界でJason Amesbury氏に師事する中で、橋本さんはこんな言葉をもらったそう。
Jack of all trades, master of none
なんでも屋は、なんのマスターでもない
根底にこの考え方がある橋本さん、そして橋本さん自身の職人としての出生地が英国ビスポーク業界であることが、LEVERの”異様さ”に繋がっているのだと、僕は思います。

僕はこの1年間橋本さんと関わらせていただく中で、LEVERのシューズから感じたことのない違和感のようなものを感じていました。
それは先ほど”異様さ”という言葉で表現しましたが、世の中に出ている橋本さんの情報とLEVERの顔つきに結びつかない部分があるように感じていた、というのが正しい表現かも。
ただ、今回橋本さんと話をしていく中で、そこがガッチリと結びついた。
そしてだからこそ言えるのは、既製靴というジャンルにおいてはLEVERは異端であり、トップエンドであるということ。
では、何に”異様さ”を感じていたのかというと、英国ビスポークシューズ業界の純血の職人であるはずの橋本さんなのに、LEVERにはそのクラシック特有の厳格さの中に自由を認める寛容さがあるように感じていた。
すごいニュアンスっぽい話になってしまっているけど、つまりは、
修行中からJohn Lobb、Foster & Son、Gaziano & Girlingなどのビスポークシューメゾンでのアウトワーカーとして底付けを行っていたわけで、
そのようなブランドの顧客の性質やその顧客の服装は、ある種カテゴライズできる”明確な傾向”があるのではないかと思う。
まぁ要は、イギリスの上流階級の紳士で、きちっとスーツを着ていたり私服でもトラディショナルなスタイルをお召しになっているイメージ。
そしてそれらのビスポークシューメゾン側も、そのようなお客様をターゲットとしていると思う。
橋本さんはそのような世界の職人としてキャリアを重ねたイメージで僕は捉えていたから、LEVERもまたそのようであると思っていたのですが、LEVERは英国ビスポークの伝統と美学を受け継ぎながらもその属性は履く人のスタイルに委ねている。
そこに寛容さがあると感じたの。
この寛容の正体。
それは、橋本さんの言葉を借りると、
「職人としては英国ビスポークの世界からアウトプットされる美しさが最高系であると考えているけど、いち履き手としては英国ビスポークの世界を偏愛する人々の趣向やその世界観に一切興味が無い」
とのことだった。
これは僕にとっては少し衝撃的で、かなり興味深い話でした。

様々な超1流ビスポークシューメゾンのレザーシューズの底付けを行っていた橋本さんが指揮をとるLEVER。
橋本さんの今までのキャリアはあくまで”ビスポーク”の世界の中にあるもので、先ほどの橋本さんの言葉からも分かるとおり本人の職人としての人格は英国ビスポーク原理主義者。
ただし、LEVERは既製靴としてのプロジェクト。
...ここでまた新たな疑問が生まれてくる。
”なぜLEVERは既製靴なのか?”
ビスポークのブランドとしてやればいいじゃんと思ってしまいがちだが、ここもやはり師匠からの言葉が繋がってくる。
”Jack of all trades, master of none”=”なんでも屋は、なんのマスターでもない”
底付けのマスターである橋本さんも、ラストの製作や裁断といった工程が出来ないわけではない。
けれども、それぞれの工程をその道のマスターに委ねることが英国ビスポークの世界で生まれ育った橋本さんにとっては自然な流れであり、より良い体制だと考えている。
つまり、橋本さんがビスポークシューズのブランドを運営するためには、自分自身でお客様の足を測り木型を削る必要があるが、本人にその気はないし、それが最良の選択だとも考えていない。
となると、橋本さんがレザーシューズのブランドを興す以上、ラスト(木型)を製作できる職人の存在が必要不可欠となる。
となると必然的に、あらかじめ決められた木型、あらかじめ決められたデザイン、あらかじめ決められたサイズ展開の中で、橋本さんが培った長年の英国ビスポーク業界の美意識と技術とセンスを注ぎ込んで全てを監修するという形になる。
このスタイルが定義上は既製靴に当てはまるというだけ。
これが、LEVERの考え方。
一般的な”大量生産”的意味合いでの既製靴とは、なにもかもが違う。
そして前述の通り、それがLEVER特有の”厳格と寛容の共存”につながり、技術を超えた、思想から溢れる色気になっている。のだと僕は思う。

橋本さんは高校生の頃、自分自身をモッズだとかパンクだとか、特定のカルチャーに位置付けることをしなかった。
そして、John Lobbなどのビスポークシューメゾンと仕事を共にしていても、彼らのスタイルに熱狂する者たちに自身を迎合することはなかった。
まだ見ぬつくりを追い求めていた若かりし頃と、クラシックの世界の伝統を最上の美だとしてmakerとしての技術と美学を極めようとし続ける現在。
LEVERが、ただ美しい靴、ただ凄い靴に終始しない理由は、このようなところにあると感じました。
そして改めて、このようなLEVERを当店でご紹介できることを本当に嬉しく思います。

LEVER order exhibition
2026.01.24(SAT) - 2026.01.25(SUN)
まだ少し先のお話ですが、2026年1月24日と25日に橋本さんに在店いただきます。
この2日間は橋本さんにフィッティングを行なっていただけます。
前後5日間ほどは製品のサンプルと、足入れ用のフィッティングシューズをお借りしていようと思っておりますので、そのタイミングでもオーダーいただけます。
オーダーに際しての詳細はまた会期が近づいたときにそれぞれのモデルやLEVERの靴としての特徴と合わせてアナウンスさせていただきますが、大体半年くらいでお渡しできる予定です。
英国ビスポークの伝統と美学を引き継ぎながら、それを新たな世界に引き摺り出そうとするLEVER、そして橋本さん。
とても美しくて、とても人間味があって、かっこいい靴であり、かっこいい人です。
自分のスタイルを持った皆様に、LEVERの自由さを感じ取っていただけましたら嬉しいです。
また追ってご紹介しますね。