ZZ強撚綾三重織り
先日より、書いていましたが、僕がずっとやりたいと思っていたこと。
世界でも類を見ない"技術"を持つ、機屋さんへ行き、生地を製作すること。
それを皆様へお伝えすること。
そして、その生地を実力のある素晴らしいブランドと一からつくり、洋服として形にし、お客様のもとへ届けること。
思い描いていたことが間もなく実現しそうです。
今回、カネタ織物さんへ訪れ、AUBETTと企画した生地。
"ZZ強撚綾三重織り"という生地です。
これは、間違いなく世界でもカネタ織物さんでしか形にすることができません。
そして、そのカネタ織物さんに関わる、全ての方のおかげで現実のものとなりました。
これまで絶対に誰もが見たこと、触ったこと、着たことのない素晴らしいクオリティの生地が完成したと思っています。
もともと、この生地のイメージのスタートとなったものがあります。
これ。
と
これ。
この写真は、店のすぐ目の前にあるガードレールと、側溝というよりも少し大きい川にある太いパイプ。
これを毎日毎日見ていた。
この"赤錆び"の色合いは独特で、他にある赤錆びの色よりもすごく複雑な色をしてるんですよ。
どこを見てもこのトーンの赤錆びはないの。
そして、数年前からこの色のニュアンスを洋服にできないかなって思っていたんです。
だから、今回カネタ織物さんに行ったときにも、頭にはこの"赤錆び"の雰囲気を生地でつくりあげるということがあった。
それを伝え、カネタ織物の太田さん、AUBETTの吉村さん、杉原さんと話合い、カネタさんでも前例のないことにトライしてもらえることになりました。
織り上げるのにとても苦戦し、ハードルの高いことだったそうですが、何とかつくりあげてもらうことができました。
経糸は、カネタ織物さんが世界に誇る、ZZ強撚のコットン。
緯糸は、カネタ織物さんが初めて試みてくれることになったモヘアとウール。
それを誰もが見たことのない、ZZ強撚の綾織り組織、しかも三重織りという超複雑構成の生地となります。
まずは、織り上げる前に原料を手配し、それを僕が再現したかったニュアンスに持っていくために、経糸と緯糸を別々の色に染め上げました。
そう。
先染め。
しかも、今回、カネタ織物さんでも実績のある素材ではなく、原料、紡績(撚糸、ガス焼き等)、糸染めとほぼ全工程をオリジナルで進行しました。
赤錆びを出すために、経糸のコットンは、綾ということでよく見えるから、焦がした赤褐色のトーン。
緯糸のウールとモヘアの混紡糸は、赤錆びの"赤"が奥から重く覗くように、濃いマホガニーカラー。
それを、糸ビーカーという色出しの見本を何パターンか染工場にお願いし、オリジナルカラーをつくりました。
出来上がったオリジナルカラーの糸、
カネタさんの考えにより、
経糸は、ZZ強撚1400回。緯糸は、普通撚りで設計してもらいました。
この設計が見事に生地になった際、とても深い奥行きを生み出した。
更に、糸の段階で、経糸は毛羽立ちがとても少ない種類の強撚の糸なのですが、AUBETTの杉原さんの考えにより、コンパクト糸を更にガス焼き。
つまり、毛羽立ちの少ない糸に対して、より毛羽を無くした。
加えて、緯糸にはモヘアが入るのですが、そのモヘアの毛羽立ちも抑えるために、超変わった仕様ですが、モヘアの糸もガス焼きし、余計な毛羽立ちを取り払いました。
それは、出来上がったときに、驚くような生地組織が存分に見えるようにするため。
ただ、その糸が出来上がると、カネタ織物さんでも前例がないため、ここからもの凄く高いハードルが待ってることは最初から分かっていました。
今回つくった生地は"ZZ強撚"の"三重織り"なのですが、三重織りとなると、その経糸の数は通常の生地の比じゃありません。
三重織りというのは、簡単にいうと、薄い生地が三枚重なってるみたいなものだから。
だから、そのために経糸の本数が、エゲツなく、半端なく、多くなります。
その数、10920本(生地の幅が狭いシャトル織機です)。
これは、一般的なブロードの生地で、5000本?6000本になるとのことなので、ほぼ2倍の量。
生地というのは、"経糸"を織機にセッティングし、それを上下動させて、"緯糸"の通り道をつくり、"緯糸"を一本ずつ挿入していきます。
その経糸をセットするまでの工程を"整経(せいけい)"という。
上の写真は、その整経の工程です。
まず、完成した糸は、上の写真の"チーズ"というものに巻き取られます。
チーズに巻き取られた糸は、その後、仮巻きの"ドラム"、"タイコ"というものに巻き取られます。
今回は、経糸の本数がとても多いため、糸巻きの塊である、チーズを550本。
その550本を20回、仮巻きのドラムに巻いていきます。
まず、550本のチーズから放たれた、550本の糸は、絡まらないようにするために、目板という穴を通ります。
一本一本の糸が、設定通りで、ミリ単位で狂いがないかチェックされ、いくつかの道具を経て、人の目で見られながら、地道に巻き取られていきます。
そして、仮巻きされる。
これ、全て経糸です。
この550本を全部で20回。
これで、全ての仮巻きが終わると、その後、
シャトル織機にセットされる際に、巻き取られている経糸の"ビーム"という大巻き。
これに巻き替えられ、
こうして、今回のZZ強撚の経糸がつくられました。
これがこの生地の"ビーム"です。
しかし、その後、この経糸は、とても大変な作業を迎えます。
それが、"経通し(へどおし)"と言われる工程です。
この"経通し"は、10920本、全てが手作業で一本一本、織機にセットされていきます。
これが、"経通し"。
こちらの女性の方が全ての経糸を手作業で通してくれました。
女性の目の前に見えるのが経糸です。
その全部を小さい穴に通していく工程。
この経通しという工程は、いつまで日数がかかっても良いということではないし、正確に行うことが絶対、しかも、座ったまま同じことをやり続ける忍耐力が不可欠です。
これもその道の技術が必要で、まさに"職人技"。
とても壮絶で、新しく生地を織り上げるのには、必ず必要な作業になるのですが、綿織物の一大産地である遠州地域でも"経通し職人"は、後継者不足と言われています。
今回は、"経通し"にかかった日数は、5日間。
1日で7時間?8時間の作業です。
そして、その仕事の工賃は22000円だそうです。
この22000円をどう捉えるか。
5日間でこの仕事、22000円です。
1日で割ると、4400円。
どう思うでしょうか。
カネタ織物の太田さんは、こちらの"経通し"の職人さんに支払う金額をもっと上げたいという旨を伝えているそうです。
でも、女性の方は、他の機屋さんではもっとその賃金を安くしてくれと頼まれるそう。
だから、カネタ織物さんの経通しの金額だけを上げるわけにはいかない。と伝えられたそうです。
これはどういうことかというと、日給4400円。
その状況で、このような職人さんの後継者が育ってくると思うでしょうか。
同じことをやり続けながら集中し、失敗できない正確さと、忍耐力。
そして、きちんと通す技術。
この仕事でこの金額です。
カネタさんはこのような後継者が生まれにくい、育ちにくい現状を伝え、どうにか変えていきたいと思ってる。
でも、それは、カネタさんだけの努力では難しいのではないかと僕は思います。
この経通しの工賃だけではなく、"川上"の方が携わる一つの工賃が上がることによって、生地の価格は上がります。
生地を使うのは、洋服をつくるブランド、メーカーです。
ブランドやメーカーは、できる限り、生地値を抑えようとする。
ブランドやメーカーが生地値を抑えようとするのは、生地の価格が100円でも上がれば、洋服になったときに、その価格は大きく上がってしまうから。
洋服の価格が上がれば、一般的に小売店では仕入れることはもちろん、お客さんに買ってもらえるハードルは高くなる。
そういう流れ。
一般的に言われる高い金額の洋服が、なぜ、"高いのか"と問われることがありますが、それは携わった職人さんの技術が正当に評価されるため、そしてその方がきちんと生活ができるようにするため。という要素も含まれています。
もちろん、僕も"ぼったくり"と思ってしまうようなブランドも知っています。
反対に、ファストファッションでもこのような地道な工程は必ず存在するし、"安すぎる販売価格"の皺寄せは、必ず"川上"の仕事をする方へと影響を及ぼします。
ファストファッションのことについては、今回のこのブログでは触れないけど、それでも日本でも言われる"後継者不足"。
"経通し"も洋服をつくるための一つの工程、しかも服となってしまったら、その仕事を目に見えて実感することができない仕事なのですが、それは必ず行われる上、"技術"が必要な工程です。
洋服がお店に並ぶ時の販売価格には、このような"技術への対価"が含まれています。
きちんとした洋服は、もちろん必要分だけだけど、その仕事が継続されるだけの"適正価格"は支払われるべきだと思います。
そして、それはその方々への目に見える評価だと思う。
こういうことは洋服を買うエンドユーザーの方だけではなく、洋服を実際につくっているブランド、メーカーでも知らない人が本当に多い。
また、洋服を取り扱い、販売をする小売店。
僕は同業だから本当に思うけど、洋服ブランドがつくったものを何も分からず、"見た目"と"価格"だけで、判断してることがとても多いように感じる。
今ではとても便利になったから、どのお店がどんなレベルなのかは、インスタグラムを見れば結構簡単に推測できます。
ブランドから提供された洋服の資料の言葉、そのままの使い回し、本当に分かって説明してるのか疑問に思う発信の内容。
店である以上、洋服のプロであるべき。
そういう洋服を扱うのであれば。
"川上"の人のお客さんは、"川中"であるブランドやメーカー。
"川中"である人のお客さんは、"川下"である小売店。
「価格競争は良いことである」という学校で習ったような考え方を日本人はいまだに信じ、そのことが結果的に、日本の洋服文化を軽薄にさせてる一つの要因にもなってると思う。
"川中"、"川下"の在り方が少しでも変われば、今の本当の高い技術は評価され、継続され、もっと素晴らしい技術は生まれてくるはずだと僕は思います。
乱暴な表現ではあるけど、そういうことを考えている。
それをより考えさせられるきっかけとなる"経通し"。
このようにビームから一本一本、セットされた経糸、
シャトル織機にセットされる。
綾の三重織り組織ということで、緯糸の通り道をつくるために経糸を上下動させる綜絖(そうこう)。
織機の真ん中辺りに何枚も並んでいるパネルのようなもの。
このパネル全量を使います。
この上下動の動きもとても複雑で、緯糸を一本入れる度に、経糸の上下は変更されるのですが、その順序を設定する工程もあります。
それを、"ペック打ち"という。
スピーディーに生地を織り上げることができる、革新織機というものであれば簡単に設定できるそうですが、古いシャトル織機ではこれも全て手作業での超アナログ設計だそうです。
すんごい大変です。
奥が経糸。
手前の赤い糸。これが打ち込まれるウールモヘアの緯糸です。
実際に織っている様子をカネタ織物の太田さんが撮影してくれているので、そちらは動画として当店のインスタグラムに掲載しています。
シャトル織機のスピード、音、実際に今回の生地が織り上げられている様子をそちらでご覧ください。
ZZ強撚の経糸、三重織り、しかもカネタ織物さんでも打ち込んだことのないモヘアの緯糸。
実際に、織り上げるのも苦戦したそうですが、糸と組織との相性、タテヨコ密度の最適なバランスを設計していただくことができ、カネタ織物さん職人さんの技術でなんとか形にしてくれました。
最初は、どうだろうな?。やったことないからな?。というように言われていましたが、
生地が完成。
カネタ織物さんならではの、ドライなタッチと圧倒的な強靭さ、そして、超高反発性を感じるタッチ。
綾織りなのですが、三重織りで接結糸により、その綾特有の斜めの組織を消し、どのような組織なのかが全然分からない。
経糸の細いZZ強撚の奥から、複雑に現れる赤いウールモヘアの緯糸。
この全てが作用し合い、誰もが見たことがない、絶対にこれまでどこにも存在しなかったと断言できる生地が完成しました。
もの凄い数、溢れる経糸とそこに打ち込まれた太い緯糸。
三重織りということで、単純に組織が生地三枚分ある。
それにより圧巻の"奥行き"をご体感頂けると思います。
これが、その組織。
こんな生地はこれまでマイクロスコープで見たことがありませんでした。
1400回の撚糸が加えられたZZの双糸強撚の細さ。
針金のように細く、ギュンギュンに捻れて縮れた経糸。
それに対し、太い緯糸が何層にも奥に続く。
太くツヤのあるウールとモヘアの糸が顔を覗かせます。
この組織はもちろん、この糸の組み合わせも見たことがない。
超感動。
とても素晴らしい生地が生み出されたと思います。
この生地は、全員、必ず驚いてもらえると思う。
まさにこの生地の生産に携わってくれた方々の"技術"の賜物です。
綿ベースの生地ですが、コットンという繊維での可能性、カネタ織物さんの力、それをご体感ください。
続く。。。